受け入れる時間

父は病院から退院して

落ち着いていた様子。。

それまでは、病院で暴れて

ベットに拘束されることも

何度もあったようだし

実際に脱出を試みたことも

あった様子。。

今考えると

病院で暴れたのは不安だったのだと思う。

家に帰りたい。。。

この父の主張は一貫していたようだ。

実際、家に帰ってきたら

落ち着いたし

何より、穏やかになったよう。

私がバーレーンから帰ってきたときは

退院して数日3日ほど経った頃。

まだ記憶や行動がおかしいのは仕方ない。

これよりはマシになることを信じて

ゆっくり進もう。。

今回、4月あるんだ。

急いでプレッシャーかけずに

穏やかに過ごさせたい。。

まだ親族の顔は思い出せないみたいだが

ここにいる家族だけでも

覚えてるのなら

なんとか生活はできる!

父を穏やかに導くために

否定せず

色実際に見せたりし

外に連れ出したりして

脳に刺激を与えつつ

ゆっくり思い出させる

一番下の妹がいる間に

何をどう4月使うのか

話し合うことに。。

夕食の時間。。。

父は黙と食べた後

いっときして

眠い。。といって

自分でヨタヨタ歩いていって

部屋に入っていった。。

あれ?

いつもの晩酌は?

そう思っていると

妹がお酒のこと忘れてるのよ。とな

おおおお!!

良いじゃないか!

腎臓を患ったとき

父に、酒をやめるように説得して

逆ギレされて

大げんかになった。。

俺の人生に

お前が偉そうに口出すな。

長生きしたいなんていってない。

酒が飲めないなら死んだほうがマシだそうで

一応娘として喧嘩しつつも

父を諦めた一言だった。

アル中ではないものの

晩酌が1日の楽しみだった父。

一応、本人曰く

病院では許可をもらった

量なのだそうな。。。

このお酒を飲むために

色なものを我慢していた父にとって

私たちには言われたくないことだったよう。。

そこまでしていたのに

今回の脳梗塞

お酒の存在を忘れて

しかも、早く寝ている。。

病院での生活が

父に生活のリズムをもたらしてくれたようで

本当に助かった。。。

父が寝静まった後

母と一番下の妹ととで

会議を開いた。。。

これからどうすべきか。。

母は、乗り気ではなかった。

仕事を辞めたくない。

このことが頭から離れず

医者の父が元に戻るという言葉を

信じていたかったからだ。

しかし、現実問題

私たちがいる4月の間に

父の状態が昔のように

戻るような気がしなかった。

しかし、何としても

前の父に戻って欲しい母は

この日の話し合いの途中で退席して

子供達のところに行ってしまった。

あまりにも見たくない現実が

母の前にある

そのことを直視したくない様子。

また倒れたら

今度こそ

完全な介護になるかもしれない。

この当時は12月。

寒い時期に脳梗塞は起こりやすい。

寒さなんかで

血管の収縮が急激に起こると

脳梗塞を起こしやすい。

これが私が4月という期間を選んだ理由。。。

寒い時期が危険だから

この時期にいてあげたい。。

春になれば、暖かくなって

急激な血管の収縮も少なくなるだろうから

脳梗塞の危険性も

少なくなるはず。。

だから、春まではいてあげたい。

この滞在は

死んでも良いといっていた父のためもあるが

母のための方が大きい。

母が、この現実と向かい合わなければ

私が母に合わせて提案したり

母に合わせて環境を整えたり

できないのに。。。

でも

もしかしたら

母にとっても

今の現状は

受け入れるのに

時間がいることなのかもしれない。。

そう思った私は妹に

母の様子を

もう少し見て

ゆっくりわかってもらおう

そう話した。。

妹と事実確認をする

今まであったこと

何に気をつけるべきなのか

退院してからというもの

一番下の妹がほぼ全面的に

父の面倒を見ていた。

母はそばで見てるだけだったよう。

すぐに良くなるはず

そう信じて。

前の脳梗塞の時がそうだったので

今回も信じたい母。。

しかし、あの時とは明らかに違うと

妹も気づいていた。。。

お母さんがさ

お父さんができんかったら

怒るのよ。。。

少しもたついたりしたらさ。。。

今日みたいな感じで

肝心な話を避けるのよ。

と頭を抱えている。

母の父は回復するはずという期待は

父ができないことへの

苛立ちとなって

現れていたよう。。。

こんなはずじゃないと。

そのことに、お父さんも苛立ってね。。

喧嘩になるのよ。

本人もできなくて

イライラしてるのに

さらに言ってしまったらね。

と妹はいう。。。

そっか。。。

だから、あんな感じなのね。。

まあ、うちらはいつも一緒にいる家族じゃないからね

好きなこと言えるし

若干客観的に考えてやれるけど

お母さんにとっては

死活問題やからね。。。

見た目が普通やけ、余計にできるやろ?って

思ってしまうんやろうね。。

とは言っても、せっかく穏やかになりつつある

お父さんをイライラさせてもいけないしね。。

まずは二人が揉めてる現場を押さえたときに

私からお母さんに言ってみる。

今言っても聞く耳持たんやろうし

お母さんも不安だから

苛立ってるんだろうし。。。

どっちもゆっくりやね。。。

と二人で大きなため息をついた。。

仕事を辞める話は

もう少し父の様子を見て

そしてそこから判断して

時期を見て話すしかないだろうな。。

介護って言えるほどの介護になってないとはいえ

飲み薬の管理、血糖値の記録、インシュリンの管理

食事、水の管理透析をすると水分摂取量は決まっている

病院に指定されたことを

全てするだけでも1日終わる。。

何かを特別しなければいけない

とかいうのはないけれど

数時間おきにそこにいなくてはいけない

苦痛。。。

今まで父が自分でやっていたことを

他の人がする。。。

この縛られる感じに

常に活発に動くことが好きな母が耐えられるのか。。。

そんなことを思っていると

電話から

あの忌まわしいおとがする。。

whatsapp(日本のラインみたいなやつ)

夫家族がチャットしていた。。

正直、私はこのグループから抜けたい。

私は誰がどこに行ったとか

どんな意見を持ってるとか

悩みとか

全く興味がない。

私個人に話しかけてるならともかく

全員が見れるところで

子供の写真を10枚単位で

家族に見せたり

それを強要されたりすることに

納得がいかないのだ。

ひどい時は夜中じゅうティンティンなりっぱなし。

寝られりゃしない。

家族全員住んでる国が違うんだから

少しは考えて欲しい。

緊急事態ならともかく

疲れて寝てる夜中に何十回も音がして

起きて見てみたら子供の写真だったときは

さすがに殺意を覚えたよ。

昔、こんな機能なくても

楽しく過ごせてた。

なんだか監視されてるみたいで

いやだ。。。

私が古いのかもしれないけれど。。

とにかく、家族のwhatsappから抜けたいのに

whatsappはご丁寧に

このメンバーから抜けたら

全員にお知らせがいく。。

つまり

こっそり抜けられない。。涙

なんて、いらない機能を

だから、未だに抜けれないでいる。。

で、そのwhatsappに義弟の書き込みが

ちょうど目についた。。。

4月も兄ちゃん夫を置いて

ヒロは日本に行くなんて

信じられない。とな。。。

ええ、この事件ですよ。

前にたまらずキレてブログアップしたでしょ?

このタイミングだったんです。。

まさに、親のことで頭を抱えていて

この与えられた4月で何ができるか

ということを悩んでいたこのタイミングで

きやがった。。。。

こんの

クソガキが

お前は黙ってろ!

これがこのメッセージの最初の印象でした。

こいつだけには言われたくない。

他人の家に口出せるほど

立派な生活送ってないだろ?

と怒りに打ちひしがれていたら

妹が気づいたので

説明すると

ああ、あの家族ね。。

しかし、なんなんそれ。

関係ないやんね?

っていうか、お父さんがなんで倒れたか

知ってるんよね?

と妹はいう。。

知ってるくさ。

その話、この会話の前にあってるんだから。

と私。

うわ最悪。

意地悪やね。

普通言わんやろ。

っていうか、迷惑かけてないよね?

姉ちゃんの夫は納得してるんやし

と妹。

そうよ。

誰にも迷惑かけてないよ。

というか、余計なお世話よね。

こいつに援助はもちろん、励ましでさえ

これっぽっちもされてないしね。

きっと今、

ものすごい私の悪口で盛り上がってるよ。

ミエミエやん。。。

人の親が倒れたという最悪のタイミングで

こういうこと言える人たちなんよ。

多分、もうすぐしたら

義父がなんかいいだすよ。

すぐに乗せられて

その気になっていう人やけね。。。

と私。。

以前、誰に洗脳されたか

バーレーンに来て無実のアラブを攻撃した経緯のある義父。

いい意味でも悪い意味でも純粋だから

影響を与えられやすいので

こういう陰口なんかが

他の形になって現れやすい。。。

まあ、予感は的中して

のちに色いってくるのだけれども。。。

姉ちゃん大変やね。。

話には聞いてたけど

本当に最低な人やね、、義弟は特に。。。

と妹。

義弟の嫁の父親が癌だという理由で

義弟がノルウェーに住むことを決めたとき

私は、こんなこと言ったこと

ないんだけどね。。。

むしろ、仕方ないと思ったのに。

私は移住するとも

夫を連れて行くとも

言ってないで

自分で解決するために

たった4月

しかも許しを得てここにいるのに

それも許されないのか。。。。

私は

96歳のマージーが

バーレーンに突然やって来た時に

下の世話までした。

夫のおばあちゃんという

他人に近い場所の人の

シモの世話をさせられ

病気にもなったのに

自分の親は面倒見ることは許されないのか?

言っちゃ悪いけど

この兄弟の中で

私だけは誰にもこのことに関して

言われる筋合いがないはず。

なのに

一番何もしてない

いうべきでない義弟から言われた

この屈辱感。。。

こんなこと言う義弟に

誰も文句言わないってのが

また、この義家族らしいところなのよ。

みんなそう思ってるんやろうね。。

だからさ、もう、義理の家族には

気を使わないよ。

こんな時に理解してくれないのなら

頑張る意味ないもん。

もう、どうでもいいよ。

両親のこれからのことで

心が不安定だったのに

さらに追い討ちをかけるように

義家族の心無い言葉に傷つき

やりきれない思いのまま

この日は妹と呑んだくれたのであります。。

やってられるか!!!